« 秀忠は政権移譲した後も | メイン | 行動生態学の発展 »

両院制(りょういんせい)とは、「立法府」が独立して

両院制(りょういんせい)とは、「立法府」が独立して活動する二つの「議会」ないし「議院」によって構成される政治制度。二院制(にいんせい)とも言う。

対照的な制度に一院制がある。

「二院制」の「二」に対し、「両院制」の「両」は、「bicameral」という言葉の翻訳から「対になっている2つ」という意味合いをもつ。一般に「両院制」と「二院制」はほとんど同義の用語として使われているが、以下のように異なる制度を指すものとして使い分けることもある。

両院制
「1つの議会」が、独立した2つの議院によって構成されているもの。
例:日本、英国、米国など
二院制
完全に独立した2つの議会が存在しているもの。
例:ドイツ、フランスなど

「両院制」の意義は「多角度的な民意の反映」というのが本来の趣旨である。これは双方違った方法で選出されて構成される議院が存在することによって、様々な角度からの意見が反映されていくことでより深い議論が出来るというものである。また「議会の多数派による専制の阻止」「どちらかの議院が存在する安定した議会政治」といった効果も生み出す。

下院に相当する議院は基本的には、社会の多勢を占める中産階級の利害を代表している。政治が異なる利害の調節を行なう作業である以上、中産階級で代表されるものとは別の視点からの利害を何らかの形で反映するメカニズムが存在しなければならない。それは少数民族であったり、各地方の利害であったりする。社会が複数の民族から構成される場合や、異なる言語集団から構成される場合は特に重要となる。したがって、上院に相当する議院の選出メカニズムは下院に相当する議院とは異なっていなければならない。

現代においては、両院の力が対等であることは少ない。立法に関しては下院に優越がある場合が多く、上院に法案を否決する権利が無い、あるいは制限されていることが多い。行政に関しては、予算や条約の承認などで、どちらかの院にのみ決定権を与えている国が多い。両院の異なる選出メカニズムをふまえ、その民意を適切に反映させるために役割分担がなされるのである。
成人病 癒し セミナー 産業 パソコン 信越北陸 養毛 探偵 若返り 不動産 旅行 成人病 キャッシング 多汗症 生活雑貨 プリスクール 健康食品 海外留学 水族館 インプラント 近畿東海 エイジ 老人 占い アルバイト 興信所 リラク 結婚 介護 ステイ 公園 ペット 外国語 予約 フレグランス キャンプ場 インプラント クレジット リラク 増客対策 警備 リラク 美容 介護 お土産 英会話 旅行 楽器教室 特産物

「上院 (upper house)」「下院 (lower house)」という言葉は、アメリカの首都がフィラデルフィアにあった頃、議会が使用していた二階建ての公会堂 (現在の独立記念館、当時の大きい邸宅と変わらないほどの小振りな建物) で、議員数の多い代議院 (House of Representatives) がその一階部分 (lower house) を、少ない元老院 (Senate) が二階部分 (upper house) を使用したことからこう呼ばれ始めたといわれる。

議会制度の発祥地であるイギリスをはじめ、欧米の多くの国では上院に相当する議院 (貴族院、元老院など)を「第二院」、下院に相当する議院 (庶民院、代議院など) を「第一院」としている。

連邦型(連邦代表型)
アメリカ、スイス、ドイツなど。
貴族院型(特権階級代表型)
イギリス、大日本帝国議会など。
民選議院型(民主的第2次院型)
イタリア、日本、フランスなど。
変則民選議院型(一括国政選挙型)
ノルウェー
この類型は形式的なものであり、それぞれの国の運用は多様である。

連邦型であっても、アメリカ合衆国上院は国民による公選であり、ドイツ連邦参議院は州政府による任命制である。

貴族院型の代表例であるイギリスは、今日ではもとからの世襲の貴族である議員は92人に削減され、現在の貴族院議員のほとんどは“一代貴族”(有識者や功労者を貴族院議員にするために一代限りの貴族として認定した者)である。このため特権階級の代表としての意義はほとんどない。日本の帝国議会にも学識経験者などからなる勅撰議員がいた。

日本、イタリアは上院議員も直接選挙で選ぶが、フランスは、下院と地方議会の議員約15万人が上院議員を選挙し、国民による直接選挙は行われない。

ノルウェーは国政選挙を一括して行い、選挙後に議員を二院に分ける変則型である。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.imzjpk.net/blog/mt-tb.cgi/618

About

2009年06月05日 07:17に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「秀忠は政権移譲した後も」です。

次の投稿は「行動生態学の発展」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35